【その8】

Bob Dylanを創った男――Woody Guthrie

 BobDylanがノーベル文学賞受賞!という嬉しいニュースが舞い込んできた。ノーベル文学賞は小説家、戯曲家だけでなく多くの詩人も受賞者に名を連ねているが、シンガー・ソングライターとしては初めての受賞という快挙である。

 Bob Dylanといえば、我々アメリカのフォークソング愛好家の間では「神様」のような存在だ。Blowing In The Wind(風に吹かれて), Don’t Think Twice, It’s All Right(くよくよするな), One Too Many Morning(余分な朝), Tomorrow Is A Long Time(明日は遠く)など、彼が作詞作曲した歌は、The Kingston Trio, The Brothers Four, Peter Paul & Maryなど多くのフォークソング・ユニットによって歌われている。

 Bob Dylanは「風に吹かれて」や「戦争の親玉」などの曲から、反戦歌、プロテストソングが多いように思われがちだが、実はたくさんのラブソングも書いている。そこに見えるのは、かっこいい男ではなく、女と別れて嘆き悲しみ、愚痴をこぼすというごく普通の男の姿である。

 このBob Dylanに最も大きな影響を与えたのが、「モダン・フォークソングの父」ともいえるWoody Guthrie19121967)だ。

 Bob Dylanがミネソタ大学に入学した1959年頃、初めてWoody Guthrieの歌声を耳にし「100メガトンの爆弾が落ちてきたような気がした」という大きな衝撃を受けたという。

 Woody Guthrieについては、「その5」でも少し触れたが、1912年にオクラホマ州の貧しい家に生まれ、17歳の頃に一家が離散、そこから彼の放浪生活が始まる。アメリカ各地でバーや労働組合の集会などでギター片手に歌を歌い糊口をしのいでいたという。このような放浪生活の中で、1940年に誰もが知っている名曲This Land Is Your Land(我が祖国)を生み出す。そして1941年、まさにBob Dylanが誕生した年に、Pete SeegerたちとAlmanac Singersを結成。このユニットは、伝統的な民謡、黒人のブルースなどに加え、反体制のプロテストソングを歌い評判を集めたが、翌年には活動を休止する。

 しかし、Almanac SingersにいたPete Seeger, Lee Haysは、1948年にRonnie Gilbertという女性歌手と、ギターの名手であるFred Hellermanを加えた新ユニットを結成する。これが、ほとんどすべてのモダン・フォークシンガーに大きな影響を与えたThe Weaversである。

 Woody Guthrieはその後も創作を続け、ソロ歌手として演奏活動を続けていたが、1950年前後からうつ病を発症するなど体調を崩し始める。そして、1954年に遺伝性の神経障害であるハンチントン病と診断され、入退院を繰り返すようになった。

 Bob Dylan1961年にニューヨークに移り住み、入院中のWoodyを何度も訪れ、Woodyの曲を本人の前で歌ってアドバイスをもらったという。このときの模様が、「When BobMet Woody: The Story of the Young Bob Dylan」という絵本に残されている。Bobが歌った(であろう)曲が、1962年にリリースされた彼のファーストアルバム「Bob Dylan」に収録されている「Song To Woody(ウディに捧げる歌)」である。この曲の歌詞の一部は……。

Hey hey Woody Guthrie I wrote you a song

About a funny old world that's coming along

Seems sick and it's hungry, it's tired and it's torn

It looks like it's dying and it's hardly been born.


Hey Woody Guthrie but I know that you know

All the things that I'm saying and a many times more

I'm singing you the song but I can't you sing enough

'Cause there's not many men that've done the things that you've done.


ヘイ、ウディ・ガスリー!あなたに歌を作ったよ

(中略)

僕はあなたに歌っているけど満足には歌えない

あなたほどいろいろな経験をしていないから……

 Bobの若くして老成した渋い歌声が、しみじみとWoodyへの尊敬と想いを語りかけてくれる。

 Woody Guthrieは、1967103日、55歳で亡くなる。それから3ヵ月後、カーネギーホールでWoodyの追悼コンサートが開かれ、舞台にはPete Seeger, Ramblin’Jack Eliot, Judy Collinsなどそうそうたるメンバーが集まったが、その中に、骨折のためしばらく休業していたBob Dylanの姿もあった。The Bandのメンバーを従え、Woodyが作った「I Ain’t Got No More」を歌う映像がYouTubeで見ることができる。

 もし、Woody Guthrieが存在していなかったら……Bob Dylanのノーベル賞受賞もなかった……かもしれない。

                      ★

いや~あ、フォークソングって、本当におもしろいですねぇ!……(⑨へ続く)