【その2】

新天地への移民が始まったわけ


 19世紀のアメリカには、ヨーロッパから数多くの移民が渡った。この動きに拍車をかけたものが3つある。ひとつめは、18世紀半ばから始まった人口の大 幅増加。衛生環境と食生活改善による死亡率の低下、平均需要の伸び、乳幼児死亡率の低下によるもので、ヨーロッパの人口は、100年間に1億4000万人 から、2億5000万人にも膨れあがった。ところが、工業の近代化が始まったとはいえ、まだ人々を吸収するのには十分ではなかった。これが、新大陸移民の 内圧となる環境であった。

 ふたつめは、1845年アイルランドで起きたジャガイモ飢饉である。この頃、アイルランドでは、あまり手間暇をかけずに育つジャガイモの生産が農業の主 役であった。生産が伸びるにつれ、人口も増加し始めたが、このとき、疫病菌によるジャガイモの大飢饉が起こったのである。農家で食い詰めた次男、三男は、 開拓農民として新天地・アメリカへと旅立っていった。この飢饉は8年間続き、アイルランドから約125万人が新大陸に渡った。

 人の移住とともに、音楽や踊り、食事、宗教などの文化も海を越えた。これが、アメリカン・フォークソングやフォークダンスの原型 になるものである。前回に触れた、ボブ・ディランの”Farewell”という曲は、アイルランド民謡の"Leaving Of Liverpool”が原曲。キングストントリオの”River Is Wide”は、同じく”Water Is Wide”が原曲になっている。

 また、イングランド民謡で世界的に広まった"Green Sleeves"は、「緑の袖」という意味だが、緑は「不倫」を表す色で、この色の服を着た女に心を奪われた男の嘆きの歌である。この曲は、シネラマ映画 の第1弾となった「西部開拓史」の中で、デビー・レイノルズが"Home In The Meadow"という曲名で歌っていた。

 この手の曲を、アメリカのフォークソングの中から探すのはいとも容易いことだ。メロディーだけ借用し、まったく新しい歌詞をつけるというやり方で、アメ リカのフォークソングに姿を変えているのである。

 明治時代の小学唱歌にも「蛍の光」(スコットランド民謡のAuld Lang Syne)、「庭の千草」(アイルランド民謡のThe Groves Of Blarney)、「故郷の空」(アイルランド民謡のComin Thro' The Rye)、「埴生の宿」(イングランド民謡のHome! Sweet Home!)など、多くのメロディーがイギリスから取り入れられている。

 移民たちのアメリカ到着の模様は、いくつもの映画に登場しているが、割合と最近の映画では、レオナルド・ディカプリオが主演した「ギャング・オブ・ ニューヨーク」の冒頭シーンが印象的だった。ジャガイモ飢饉でアイルランドから、アメリカに渡った主人公が、移民船でニュー・ヨークに到達するシーンで始 まる。主人公が訪れた酒場では、”New York Girl”という曲が演奏されている。この曲は、キングストン・トリオファンなら知っている曲で、僕は思わずニンマリした記憶がある。

  みっつめが、1849年にカリフォルニアで始まったゴールドラッシュと、それに先だって始まっていたアメリカ大陸横断鉄道の大工事だ。西はカリフォルニア 州サクラメント、東はネブラスカ州オマハから始まった、セントラル・パシフィック鉄道とユニオン・パシフィック鉄道は、1869年、ユタ準州(当時)のプ ロモントリーサミット結ばれた。

ゴールドラッシュによる人口吸引力と、鉄道による輸送力の拡大は、東海岸から西海岸への国内の移動のみならず、ヨーロッパからの移 民を促進することになった。中国からも、金の採掘労働者、鉄道工事の労働者が大量に渡ったという。

 この時代にアメリカで生まれたフォークソングもたくさんある。ブラザーズフォアが歌った"The Old Settler's Song"(古い開拓者の歌)は、もともとは”Acres Of Clams"という曲。東から西へ金を求めて一旗揚げようと旅した男が、最終的に見つけた幸せは「大量の貝」がとれる海だった、つまり食べること
に困らな い生活が幸せにつながるという意味 の歌だ。このメロディーは、後にThe New Christy Minstrels"が、女を漁って国中を旅する男を歌った"Denver"という曲で使われている。「雪山讃歌」=「いとしのクレメンタイン」の原曲は "Oh My Darling Clementine"。この曲は、金鉱で一攫千金を夢見る父親と、娘・クレメンタインの物語だ。

 鉄道敷設工事関係の歌は、"Railroad Song"と呼ばれて愛唱されている。日本でも有名なのは「線路は続くよ、どこまでも」という歌。"I've Been Working on the Railroad"が原題だ。日本の「ヨイトマケの歌」と同様に、作業をしながら歌う歌としては、"Drill Ye Tarriers"という曲がある。同じメロディーを繰り返し、一人ずつ即興で新しい歌詞を歌い、その後みんなのコーラスが続く。これを延々と繰り返すの が労働歌の特長で、鉄道工事だけでなく、船乗りの歌、カウボーイの歌、綿摘みの歌などに共通してみられる趣向だ。

 これは、ゴスペルで使われる”Call & Response”の手法と同一である。歌を起点に歴史を眺め直すと、学校では習わなかった側面がいろいろい見えてくる。


いや~あ、フォークソングって、本当におもしろいですねぇ!……(③へ続く)