【その4】

西部開拓のアクセルとなったエリー運河


  中学校時代から大好きだったアメリカのフォークソング。数多いフォーク・グループの中でも一番気に入っていたThe Kingston Trioが1963年に発表した16枚目のアルバム”#16(ナンバー16)”に収録されている”Low Bridge”という題名の曲がある。僕がこの曲を初めて聴いたのは、高校3年か、翌年のことだったと思う。

その歌詞の一部を紹介しておこう。


Low Bridge

Low bridge, ev'rybody down
Low bridge for we're comin' to the town
So you'll always know your neighbor
And you'll always know your pal
If you've ever navigated on the Erie Canal
If you've ever navigated on the Erie Canal

I got a mule and her name is Sal
Well, fifteen miles on the Erie Canal
She's a good old worker and a good old pal
Fifteen miles on the Erie Canal.
(後略)

YouTube参照
https://www.youtube.com/watch?v=UzEqNePIrZI

 当時は歌詞の内容を深く理解することなく、音楽を「音」と「リズム」だけで聴いていた。それでも、Low Bridgeが「低い橋」だということぐらいはすぐわかった。しかし、その先がよくわからない。Erie Canalとあるから、エリー運河に関係した歌という推測しかできない。エリー運河に架かる低い橋にさしかかったとき、船長が「低い橋だぞ!頭を下げ ろ!」と注意を促している歌のように思っていた。

 ところが、その後に出てくる「Sal」という名のロバのくだりがまったく意味不明。アメリカの労働歌によくある、アドリブを交えて好き勝手に歌う「はや し言葉」のようなもののような気がしていた。

  最近、この曲を演奏することになり、改めて歌詞を吟味するために、エリー運河のことをインターネットで調べてみた。エリー運河はニューヨークに注ぐハドソ ン川の支流であるモホーク川沿いに作られ、ニューヨーク州・アルバニーから五大湖の一つ、エリー湖の東岸にあるバッファローまでの全長584㎞の運河であ る。1817年から建設が開始され、1825年に全通した。カリフォルニアのゴールドラッシュの23年前、南北戦争開始の36年前、そして大陸横断鉄道完 成の44年前のことである。

 1620年にアメリカ大陸への移住が始まり、初期の東海岸から、次第に内陸へと居住圏が広がっていった。これがいわゆる西部開拓史である。しかし、前回 も述べたように内陸部に向かう道は標高1000~2000メートルの山が連なるアパラチア山脈によって遮られ、困難を極めていた。それ故、陸路に代わる水 路の開発は1600年代の終わりごろから重要な案件であったが、工事の困難さ、建設コストの捻出などに手間取り、全通までに100年以上の年月が必要で あった。

 エリー運河の開通により、東海岸と五大湖周辺の中西部を結ぶ地域の物流・人の流れは様変わりとなった。馬車による輸送よりスピードアップし、輸送コスト も95%削減できるようになったという。東海岸からは工業製品などが輸送され、中西部からは穀物などが運ばれた。

  これらの記述の中に、1冊の本の表紙が載せられていた。『Low Bridge』と題された、この歌の楽譜が掲載された本で、サブタイトルに”Everybody Down””Fifteen Years On The Erie Canal”と、歌詞に近い表現がしっかり語られている。

 そして、この曲は1905年、トーマス・S・アレンという人物によって採譜されたものであることも判明した。歌その ものは、もっと前から存在していたもので、それを改めてきちんとした楽譜にしたようである。

 この表紙で、歌詞の疑問が氷解した。低い橋の下をくぐり抜けているロバに乗った人物とその馬が引いている小舟(はしけ)が描かれている。資料の記述によ れば、人や船を乗せた船は自力で航行するのではなく、運河の北側の道をロバが引いて動かしていたのである。

 この楽譜集によると、この歌にはさまざまな歌詞があり、もともとは、”Fifteen MilesOn The Erie Canal”と歌われていたが、アレンが”Fifteen yearsOn The Erie Canal”と変更したことがわかった。The Kingston Trioの歌は、古い方の歌詞を採用したのであった。

 この歌は、ロバを操り、船を運ぶ男の歌だったのだ。だから、ロバは大事な「働き手(good old worker)」であり「良き相棒(good old pal)」として可愛がっていた。
                                                                                   ★
 次に”Everybody Down”の部分であるが、もう一枚の別なイラストを見て、新たな解釈が加わった。


 小さな船の場合には、「頭を下げろ!」と解釈してもかまわないだろう。しかし、少し大型の船の場合には、このように屋根の部分に人が乗り、景色を眺めて 楽しんだりしていたようだ。だから、橋が近づくと「低い橋だぞ!下に降りてね!」と叫んだのではないだろうか。

 YouTubeを探ると、古いバージョンの”Low Bridge”も見つかり、そこにはご丁寧に運河の脇をロバが船を引きながら進む姿まで描かれていた。興味ある方はご覧いただきたい。

YouTube参照
https://www.youtube.com/watch?v=gIIM1mHfJ0U

 エリー運河建設の最大の問題は、起点であるアルバニーと、終点・バッファローの高低差が約180mあったことだという。低いところから、高いところに船 を運ぶためには、50箇所ほどの閘門(こうもん)を建設する必要があった。船の前後を扉で前後を囲い、そこに水を引き入れ、進行方向にあたる閘門の外側の 水位と、閘門内の水位が等しくなったところで進行方向の扉を開け、船を前に進める作業を繰り返した

いや~あ、フォークソングって、本当におもしろいですねぇ!……(⑤へ続く)